NEDの現場から
考えるノート
著者:時田 隆佑(株式会社トキタ企画 代表取締役社長)
株式会社トキタ企画は、地域や組織にある多様な「物語」を整理し、未来の姿をともに実践するパートナーでありたいと考えています。
私たちが仕事をする上で、そして私個人が日々を暮らす上で、大切にしている3つの視点があります。
それが「NED(Narrative・Edit・Design)」です。
これは、正解のない問いに向き合うための、小さな羅針盤のようなものです。
近年「ナラティブ(Narrative)」という言葉を耳にする場面が増えた。
医療、教育、ビジネス、そしてまちづくり。
どの文脈でも共通しているのは、「人は物語として世界を理解し、行動する」という考え方だ。
ナラティブは「ストーリー」とは少し違う。
ストーリーが「誰かが語った筋書き」だとすれば、ナラティブは「その人自身が生きてきた経験の積層」である。
価値観や習慣、記憶や痛み、誇りや願い。
それらが無自覚のうちに積み重なり、その人の行動や判断を形づくっている。
私はこの視点に出会ったとき、地域や組織の現場で見えていた 「すれ違い」 の理由が、すとんと腑に落ちた。
行政、住民、観光客、企業、来訪者。
どれも「正しさ」があるのに、なぜか話がかみ合わない。
それは、互いが違うナラティブを生きているからなのだ。
ナラティブに目を向けると、地域や組織は単なる「問題の集合体」ではなく、「可能性の源泉」として立ち上がってくる。
例えば地域であれば、祭りの記憶や、商店の小さな誇り。
子ども時代の原風景、土地に対する愛着や悔しさ。
こうした感情の層が、その地域の個性をつくっている。
企画や施策がうまくいかないのは、方法が悪いからではない。
その土地のナラティブと接続していないからかもしれない。
ナラティブを起点にすると、「この地域だからこそできること」が具体的に見えてくる。
これは組織でも同じだ。
役職や肩書きの前に、人の物語がある。
そこから始めることで、関係もプロジェクトも前へと動き出す。
ナラティブを理解したうえで必要になるのが、編集(Edit)の視点だ。
地域や組織には、さまざまな声や価値観の断片が散らばっている。
編集とは、それらを取捨選択することではない。
意味が立ち上がるように「つなぎ直す」ことだ。
異なる立場の声を並べて構造を可視化し、埋もれていた価値を拾い上げる。
言葉になっていない背景を読み解き、複数の物語が共存できる場所をつくる。
編集は、摩擦を対話に変え、停滞を「次に進むための材料」に変える技術なのだ。
編集で見つけた価値を「実行できる形」にするのがデザイン(Design)だ。
ここで言うデザインは、見た目を整えることだけを指さない。
未来を設計し、関係性を持続させるための仕組みをつくることである。
誰がどう動くか。
どんな体験が生まれるか。
どうして続けられるか。
これらを図面のように描き、形にすることで、ナラティブが「実装」されていく。
そして、小さくても確かな変化が生まれる。
私は、NED(Narrative・Edit・Design)を、「正しさ」ではなく、「姿勢」として扱いたいと思っている。
なぜなら、まちづくりも企画も、答えのない世界だからだ。
迷うこともあれば、立ち止まることもある。
そのときに「ナラティブに戻ればいい」「違う切り口で編集してみればいい」「デザインまで落とし込めば進める」という「言い訳」があるだけで、
人は案外、前に進めるものだ。
NEDは、複雑な現場を生きるための、小さな羅針盤のようなものなのだと思う。
NEDは体系でも技法でもなく、世界との向き合い方そのものだ。
ナラティブを聴き、編集し、デザインする。
この循環は、地域にも、組織にも、そして私たち自身の人生にも、静かに効いてくる。
物語を読み解き、編みなおし、未来のページをともにつくる。
それが、私が「NEDのススメ」と呼びたい理由である。
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