NEDの現場から
考えるノート
掲載日: 2026年5月2日
著者:時田 隆佑(株式会社トキタ企画 代表取締役社長)
独立を決めたとき、これまでの仕事を一度ぜんぶ並べてみた。
業種もサイズもバラバラだ。
でも手の動きには、共通したものがあった。
何かを理解する場面。
何かを整理する場面。
誰かに渡す前に、いちど噛み砕く場面。
観光協会でも、行政との折衝でも、企業の企画会議でも、
同じような手つきで問題に触れていた。
それをNED(Narrative・Edit・Design)と呼ぶことにした。
それが本当に効いていたのか、文章で確かめるためにnoteを書き始めた。
書き始めたときから、意識していたことが一つだけあった。
それは、AIに読ませる前提で書くということだ。
言葉が検索に拾われるため。
いずれAIが、私の文脈を前提で話すようになるため。
そういう未来を見ながら、noteを書きためてきた。
書きためるほど、AIに読ませる前提が、別の意味を持ち始めた。
個別の記事だけでなく、書いてきたものの全体を俯瞰したい。
「この半年、なにを書いてきて、なにを書いていないのか」を確かめたくなった。
半年ほど経ってnote記事の量が増えたころ、ちょうど「第二の脳」というAIの活用法がSNS上で話題になっていた。
Obsidianというノートアプリに、自分が書いた文章、読んだ本のメモ、調べごとのスクラップを蓄える。
そこにClaude CodeというAIエージェントを繋いで、AIに直接読ませる。
AIが繋げたり、整理したり、問いに答えたりしてくれる。
書き貯めた、読み貯めたものを、もう一つの脳として使うという考え方だ。
私もnote記事を素材に試してみた。
記事はマークダウン形式でローカルに保存される。
だからAIが直接読むことができる。
Claude CodeにはObsidianのデータ保存場所(保管庫)を読み書きさせるプラグイン(claude-obsidian)がある。
新しい記事を投入すると、AIがことば・人物・概念を抽出して既存ノードと自動でリンクを張る。
定期的な整合性チェックで、デッドリンクや古くなった記述を炙り出してくれる。
過去記事に問い合わせると、出典付きで答えてくれる。
使えば使うほど育つ。書くほど、AIが書き手の文脈を覚えていく。
この自分だけのwikiを、「編集する脳」と呼んでいる。
最初に並べた、業種をまたいで共通していた自分の手つき。
散らばった情報を一度受け取って、動かせる形に組み直す。
その動きを支える脳の代わり。
だから「編集する脳」だ。
note記事を素材にした公開版は、サイトとして公開している。
URLは brain.tokitakikaku.com だ。
公開版に入っているのは自分のnote記事由来の項目だけで、実務で運用しているwikiは、もっと厚い。
リサーチで集めた資料、研究のメモ、読んだ本の引用や要約も並んでいる。
公開版が見せているのは、運用版の一部だけだ。
この手のものは、つくった時が最大の盛り上がりで、運用コストが見合わず忘れられていくことが多い。
だが、これはAIが管理と更新を自動化してくれるところが新しい。
自分で手を入れるのではなく、勝手に育つこと自体が面白いのだ。
それだけではない、さらにもう一つの効用がある。
自分を客観視できるということ。
思い出すためでも、引き出すためでもない。
書き続けていると、3つのことが見えてくる。
まず、矛盾だ。
言ってきたことの、微妙なズレ。
場面ごとに違う前提を置いていたり、別の記事で正反対のことを書いていたりする。
一つひとつは小さい。でも並べると見える。
次に、盲点。
いつも同じ角度から見ている。
違う角度の視点が、自分の中から欠落している。
何を考えていないかが、書いたものから浮かび上がる。
そして、時間変化。
半年前と今で、同じテーマへの判断が変わっている。
当時の自分が見ていなかったものを、今の自分は見ている。
並べて読み返すだけでは、気づけない部分がある。
そこにAIが加わると、もう一つの目が外側から照らす。
「あなたは半年前にこう書いていたが、今はこう書いている」と差分を見せてくれる。
「この記事にある視点が、別の記事には欠けている」と指摘してくれる。
「この観点はあなたが何度も使っている。もっと展開できる」と強みも返してくれる。
Claude Codeに読ませているうちに、気づいたことがある。
「考えすぎて動けなくなっているあなたへ」と「Claude Codeと気まずく別れる日の正体」。
ジャンルも時期も違うふたつのnote記事が、どちらも同じ概念の出典としてwikiに登録されていた。
書いていた当時は繋がりを意識していなかった。
AIには「これは同じことを言っている」と見えていた。
その発見から、自分の主張の核を、自覚的に認識できるようになった。

以前、Claude Codeを使って「考えるとつくるのあいだが溶ける」体験を書いた。
その後、アプリやWebページもいくつかつくった。
やってみて思ったのは、結局は一次データが大事だということ。
アイデアに付随する「つくる」は、これから加速度的に溢れていく。
その一方で、個人が抱える一次データ、身体性を伴うものの価値は、上がっていくはずだ。
そんなときに、この編集する脳は、AIを動かしている感触を返してくれる。
書いてきたものがある人なら、この道具は自分のものになる。
半年・1年と書き続けてきた人ほど、矛盾・盲点・時間変化が浮かびやすい。
言葉が積み上がっているほど、AIの指摘も書き手らしい角度で返ってくる。
note・ブログ・SNS・社内の文書。
何でもいい。
書き続けてきたものがある人なら、材料はそこにある。
AIに最初から書いてもらうという話ではない。
一次データは、自分が書いてきたものの中にある。
そこにAIを当てて、もう一度動かす。
一つ具体例を書いておく。
組織の場合、物語は時間軸の上に積み重なっている。
でも担当者が交代するたびに、時間軸がリセットされる。
編集する脳があれば、過去から現在までを通して語ることができる。
同じことに興味がある人がいたら、ぜひ話を聞かせてほしい。
私の編集する脳も、まだ育てている最中だ。
書くという行為が、観察の道具に変わっていく。
その変化そのものが、おもしろい。
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