NEDの現場から
考えるノート

地域が抱える“物語のズレ”とどう向き合うか ── 「熊谷肉汁うどん」から見えた、関係づくりの話

掲載日: 2025年11月18日

著者:時田 隆佑(株式会社トキタ企画 代表取締役社長)

地域の仕事は、つねに複数の物語が同時進行している。

行政、観光協会、住民、お店、来訪者、インフルエンサー。

それぞれが自分の立場から見える世界を語り、その物語が時に重なり、時にズレる。
そのズレの扱い方で、地域の景色は大きく変わる。

熊谷の「肉汁うどん」は、そのズレをゆっくりほぐしてきた象徴のように感じている。

熊谷らしさの塊のような、つけ汁うどん文化

埼玉県熊谷市は本州一の小麦処であり、太くてコシの強い麺が日常に根付いている。

地域の名産である豚肉とネギをたっぷり入れた出汁の効いた醤油味の濃いめの熱いつけ汁に、キリッと冷たく締めた麺をくぐらせて食べるあの感じは、熊谷ならではの食体験だ。

観光協会の視点で見れば、誰がどう見ても推すべきグルメ。
もっと知ってほしい、もっと楽しんでほしいという気持ちが自然と湧く。

一方で、店側には店側の生活のリズムがある。

どの店も常連で席が埋まる日が多く、
提供のオペレーションにも限界があり、
新規客が増えれば増えるほど負担が大きくなる。

この“発信したい側”と“変えたくない側”のズレは、
どこの地域でも起きる構造だ。

最初から肉汁うどんに決まっていたわけではない

今でこそ定着した『熊谷肉汁うどんスタンプラリー』の企画は、当初スムーズに決まったわけではなかった。

最初は“新しい熊谷グルメを作ろう”という発想から始まった。
(もっと遡ればご当地グルメイベントを開催したいという話も)

暑い熊谷だからこそ、
汗をかきながら食べてもおいしい、
身体にも良いスパイス系のカレーうどんはどうか?

そんな案が出た。
当時は「カレつけうどん」と呼んでいた。

ところが、店側に聞けば聞くほど、
カレーうどんはオペレーション的に難しい店が多かった。

辛さの調整、匂い、提供時間、洗い物の負荷。
やりたくても現実的ではない。

次に出てきたのは、
「じゃあ、辛いうどんにしたら?」というアイデア。

これも、扱える店・扱えない店が分かれた。
広域で取り組むには“共通項”が少なかった。

議論を続けるほど、
“新しいグルメを作る”という発想が目的化していく感覚があった。

そして、お店の店主たちと話し合う中で気づいた。

どの店にも共通しているのは、実は“肉汁うどん”そのものなんじゃないか?

新しい名物をつくるより、
すでにまちの日常として根付いているもののほうが、よほど熊谷らしい。

その気づきは、観光協会の視点だけでは辿り着けなかった。

結局、“対話”が企画の方向を決めていく

肉汁うどんに決まったのは、
観光協会が「これで行きます」と決めたからではない。

店主たちと
「うちの店ではこれができる」
「これは厳しい」
「これは普段通りなら問題ない」
といった現実的な対話を重ねた結果、
“みんなが自然に続けられる選択肢”として肉汁うどんが残ったという流れだった。

観光協会側は“魅力を届けたい”という物語を持ち、
店側は“普段のリズムを大切にしたい”という物語を持つ。

このふたつの物語の真ん中を探すうちに、
「肉汁うどんスタンプラリー」という形が自然と立ち上がってきた。

企画というより、合意点のようなものだった。

肉汁うどんスタンプラリーが“ズレ”を整えていった理由

スタンプラリーは、ただ客を回すための仕組みではない。

つまり、来訪者の物語と店の物語が、
少しずつ“同じ地図上”でゆるく接続されていく。

観光協会が一方的に推したのではなく、
店と一緒に作った仕組みだからこそ、
地域にすっと馴染んだ。

NEDで見ると、これは「関係づくりのデザイン」そのもの

NED(Narrative・Edit・Design)の視点で見ると、
肉汁うどんの取り組みは、まさに次の流れを踏んでいる。

① Narrative 
それぞれの物語を尊重する

“発信したい”や“変えたくない”、“知りたい”の全てに理由がある。
最初にその違いを受け止めることで、対話の前提が整う。

② Edit 
肉汁うどんという“共通項”に編集する

まちの多様な店をひとつにまとめられるポイントはどこか。
尖らせず、薄めず、“そのまま”編集することで軸が見える。

③ Design 
無理のない関係性の中で広げる

スタンプラリーは、店に負担をかけずに魅力を広げる方法だった。
関係を壊すことなく、物語を少しだけ外側へ開いていく。

地域の魅力は“扱い方”で化ける

新しい名物を作る必要は必ずしもない。
むしろ、日常のなかにすでに答えがあることが多い。

肉汁うどんの取り組みが示したのは、
地域の魅力は、発信の強さではなく“関係性の設計”で開く
ということだと思っている。

店の物語と、観光の物語。

その真ん中を探しながら企画を形にする過程そのものが、
まちを少しずつ豊かにしていく。

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